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zoom RSS 自称学者の歪曲捏造思考 竹島篇

<<   作成日時 : 2013/02/27 00:14   >>

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日本の歴史学者・佐藤正人氏が、「日本政府は1877年、『竹島外一島之義本邦關係無之義』とする太政官指令を出し、鬱陵島と竹島(韓国名:独島)は日本の領土でないことを明示していた」と主張した。複数の韓国メディアが26日、これを報じた。

佐藤氏は中国・海南島に強制徴用された朝鮮人虐殺事件を研究する「海南島近現代史研究会」会長。

韓国メディアは、「日本、1877年に独島は日本の領土ではないと明示」「日本の歴史学者、日本政府の独島領有権主張を強く批判」などの見出しで伝えた。

佐藤氏は、「日本の独島再占領に反対する」と題した論文の中で、「独島問題は領有権の問題ではなく、植民地問題」と分析した。また、「日本政府が独島を『竹島』と称しながら、領有権を主張しているが、これは独島を再占領しようと策動する行為」と批判した。

佐藤氏は「1877年、日本政府の管理の指令に、独島が日本の領土でないことを明示していた」とし、日本政府は「1877年、『竹島(鬱陵島)外一島(独島)は本邦(日本)と関係ない』という太政官(太政官)指令を出し、鬱陵島と独島が日本の領土ではないと明示した」と述べた。

日本では、鬱陵島は江戸時代まで竹島と呼ばれていた。そのため、韓国では太政官指令の一文にある「竹島」は鬱陵島であり、「外一島」が現在の竹島と解釈。現在の竹島を、当時は朝鮮領と認めていた証拠としている。

その後、1905年の日露戦争中、日本は竹島を日本の領土に併合し、竹島と命名したと指摘。佐藤氏は竹島について、「韓国で日本が最初に植民地化した地域だった。日本政府が竹島を『日本政府の固有の領土』と主張することは、かつて日本が韓国を植民地化した事実を肯定するものだ」と説明した。

さらに、「日本が竹島を含む大韓帝国を植民地化していなければ、韓国は南北に分断されなかった。日本政府は韓国植民地化の歴史的責任を負おうとしていない」と重ねて批判した。

佐藤氏は3月1日、ソウルで開催する出版記念会で、これらの内容を発表する。その際に、同氏は竹島が韓国の領土であることを示す地図も同時に公開するという。(Searchinaより引用)
竹島外一島之義本邦關係無之義の竹島とは現在認識されている竹島ではなく、当時呼称されていた朝鮮の鬱陵島を指すものであること、外一島とは竹嶼を指し当時は于山島と認識された鬱陵島の東約2.2kmに位置する南北に約700mの細長い島のことだ。
朝鮮では最東端に存在する島を竹島と呼称し、朝鮮が独島と主張する竹島と混同し易い。
鬱陵島への渡航禁止を踏まえた上で、1877年に内務省から太政官指令として発令された文書をワザと曲解し、都合のいいようにねじ曲げている。
明治政府は1905年に竹島を島根縣隠岐島司の所管に編入する際、他国に因る実効支配があるか確認し国際法に則り手続きを行っている。
この時、周辺諸国から一切の抗議すら生じておらず、朝鮮総督府からもない。

日本の歴史学者とSearchina記事に記された佐藤正人氏は、北海道小樽市出身で、故郷の小樽港に於ける米空母に反対する市民の会に参加するプロ市民でもあり、海南島近現代史研究会の創設者で同会の会長らしく、朝鮮史研究会の学者を名乗っているようだが、出身大学は不明であり、一介の一般研究者擬きに過ぎない。
ただ、海南島近現代史研究会の事務局が、大阪産業大学経済学部の斉藤日出治研究室内に在るのは確かなようだ。
会員数約500人を誇る朝鮮史研究会に所属する主要メンバーには、東大東洋文化研究所宮嶌博史教授・関西学院大学金明秀教授・大阪産業大学藤永壮教授・京都大学吉井秀夫准教授・京都大学人文科学研究所水野直樹教授等が名を連ねている。
例えば、
関西学院大学金明秀教授は朝鮮史専攻ではなく計量社会学の専門家で、量的データの統計解析を通じて社会階層論と社会意識論を駆使し乍ら、とりわけ在日朝鮮人の社会的不平問題に熱心なお方らしく、水野教授らと相違する有名な別な意味での排外主義者です。

佐藤某氏は、竹島を「日本固有の領土」であると主張して国民を排外主義的ナショナリズムへと駆り立てていく動きに抗うため、歴史の真実を明らかにすることを通して新たな連帯の歴史を築いていく政治的運動家だそうだが、70歳にもなる御仁の戯言に包含する歪曲に騙される、または確信犯的賛同者が憐れだ。
反日団体としか見られない海南島近現代史研究会が、いくらご託を並べようが真実は隠しようがなく、その真実に眼を瞑り、虚飾で外壁を取り繕っても無駄なのが分からない自己満足な中二病に等しい。

ライフワークの海南島に関しては、木本(三重縣熊野市)のトンネルから紀州鉱山の坑道を通って、海南島の日本軍用洞窟に続く道があり、海南島の日本軍用洞窟から太平洋の島々に構築された日本軍用トンネルに続く道もあると主張するぐらいの痴呆振りだから、推して知るべし。

まぁ、この記事をでっち上げた編集担当の自称在日コリアン2.5世の李信恵とかいう阿呆の背景を知れば、あぁ…またか…って想像できるけどネ。。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
太政官指令を論破する方法(笑)

太政官指令文の冒頭をよく見ろ!『書面』が『伺之趣』に訂正されているぞ。
太政官のこの意図を説明できるか?これでは、島根県が添付した書面を太政官が参考したとは断言できないぞ。(磯竹島略図を見ると竹島=鬱陵島、松島=独島だとつい脊髄反射してしまうが、この点に着目した学者はいない。)

また、太政官指令が発令された当時は地理的混乱があったが、竹島=松島=鬱陵島の渡航禁止を命じた明治16年内務省全国通達は、その間の軍艦天城号の鬱陵島調査で地理的混乱が解消した後に発令されたものである。
したがって、日本政府の正しい認識は、太政官指令ではなく、明治16年内務省全国通達に見られるのだ! 

太政官指令さよーなら。
パラン島
2014/02/04 12:08
ところで私は、『竹島外一島』の外一島は竹嶼ではなく、あくまで松島だと認識していたに過ぎないと思っています。
いかんせん、島名が錯綜していた時代ですから、竹島と松島が異名一島なのか、あるいは竹島と松島は違う島で、松島が竹嶼なのか現・竹島なのかもわかっていなかったと思います。
明治政府も鬱陵島以外の状況には関心がなかったから、適当に済ましたのかもしれません。
しかし、松島を現・竹島と明確に認識していれば、『竹島外一島』ではなく、『竹島並に松島』と記されていたと思いますね。
パラン島
2014/02/04 12:37
パラン島クンのような物言いに真摯に答える主が居ないのは当然だと推察しますネ。
アホに突き合うほどお人好しではありませんので
蒼き緋
2014/04/01 18:57

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